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トッキー
2018.12.2 11:22政治・経済

「営業の自由」と言えるほど、営業活動に自由なんてものはあるのだろうか

 門弟メーリスの投稿をご紹介します!

 



個人で営んでいるような定食屋や、老舗のデパートなどが廃業の発表をすると、きまって

 「思い出のお店がなくなるのは寂しい」や、
 「もう少し頑張って営業を続けて欲しかった」
 等の感想を述べる方が多いのですが、それであれば月に1回でも定期的に足を運んで、きちんとお店にお金を落としてあげれば良かったのにと思うことが多いです。

 公益法人全国出版協会の統計によると、書籍の売り上げは1996年をピークに30%以上減少しています。
 雑誌はさらに数字の悪化が激しく、1997年をピークに45%以上の売り上げが減少しています。
 (参照:公益法人 全国出版協会)
  https://www.ajpea.or.jp/statistics/

 理由はいろいろあると思います、まず第一に国民の可処分所得の低下が下げ止まらないこと。インターネットの普及によりタダで情報が集めやすくなり、価値の軽重に関係なく情報を得るということに対価を支払うことをバカバカしいと思う人が増えたこと。加速度的に進む少子高齢化、、、
 「新潮45」の休刊についても、あの雑誌が安定的に継続していけるだけの一定の購読者がいれば差別心丸出しの特集に舵を切ることはなかっただろうにと思います。「営業の自由」と呼べるほど「新潮45」にはすでに営業上の選択の余地が無く、とにかく雑誌を残すこと、売り上げを立てることに必死だったのだろうと思います。

 もしも日本の人口の8割以上が華僑系になったのなら、いま現在バカみたいに粗製乱造している「日本万歳」、「日本素晴らしい」的な自己慰撫系テレビ番組を作ることはまず不可能だろうと思います。おそらく歴史を捏造してでも「日本の文化は全て中華四千年の歴史のおかげで成り立っている」という番組作りしかしなくなるでしょう。
 そこには「営業の自由」なんてものはありません。業界で生きていく上での、会社を維持し、社員の給料を支払っていくための不自由さをただ飲み込むしか選択肢が残されていないと思います。

 「新潮45」の休刊には、どちらかというと出版業界の斜陽をまざまざと見せつけられた思いが強いです。
 自動車が道路を走るのが当たり前になれば、馬車作りの職人や人力車夫などは廃業してくのも時代の流れと片付けられるのかもしれませんが、少なくとも正当な言論や報道に対して国民がきちんとお金を落とすことすら出来なくなった日には、権力者、大資本家の都合の良い情報しか世の中に流通しなくなるのではないかと非常に危惧をしています。

 


 

 新聞も、言論誌も売れなきゃやっていけない。
 そうなると、正しい言論よりも、売れる言論を出すしかない。
 これは昔からそうで、だから新聞もみな軍部を支持し、戦争が止めらなかったとはよく言われることなのですが、新聞も出版も全然売れなくなってきている現在は、より深刻と言わざるをえません。
 「言論の自由」と「営業の自由」は分けて考えられるものではなく、営業の不自由は、即、言論の不自由に直結してしまいます。

 そんな中で、「正しく、売れる言論」を世に出そうという、極めて困難な挑戦をし続けているのが、よしりん先生なのです!

『ゴーマニズム宣言 2nd season』第1巻、
12月12日発売!!

これが売れなければ、日本の言論はいよいよ狭まってしまいます。
みんなで予約して、日本の正当な言論を守りましょう!!(営業、営業!)

トッキー

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